活字は誤解を生む

昔、まだ「電子メール」というものが普及し出したころ。

「メールなどで言わずに直接言え」

みたいなフレーズがあちらこちらで聞かれました。

 

メールがいたって当たり前になると、こういうこと言う人は減りました。

が、今でも50代以降くらいでは、まだこの感覚の人はいると思います。

 

じゃあ、こんな感覚を持つ人は古い、老害、なのかというと、そういうことでなく。

大事なのは物事の本質を見抜く力なのです。

何事もケースバイケースなのです。

 

ここで重要なことは活字は誤解を生むということです。

ただ、それだけです。

 

自分でブログ書いてて思うのは、、、いや、、、後で読み返して思うのです。

明らかに自分にとって「どうでもいいこと」を書いてるよなーって。笑

 

安倍元首相の暗殺、物価高、ウクライナ、ワクチン、マスク、コロナ。

すべて僕の物理的環境になんら致命的な影響を及ぼしてないんです。

もうちょっと言ってしまえば、心にも致命的影響を及ぼしているわけではないという……。

 

簡単に言うと、イラっとするけど、完全スルー出来るものばかりなのです。

ここ重要。

 

これらの出来事は、本当の意味でなにも無かったものとしてスルーできるものばかりです。

ワクチンは逃れられないでしょ?と思うかもしれませんが、僕は自営業の自宅勤務なので打たなくても誰からも文句言われません。

 

その一方で、このようなことを記事にして書くと、あたかも様々な社会の敵と戦い、このような主張をすることに使命感を感じて必死で書いているようにも見えるんですよね。

後から自分のブログを読み返すとそういう感じに見えるのです。

まあ、ある種、使命感というか、自分のような考え方の人もいるのだということを周りに知ってもらうことは世の中のためになるとは間違いなく思ってます。

一番強い動機はそこですね。

あくまで比較の問題ですが、人生をかけて主張してる人からすれば、小さな動機でしょう。

 

僕以外にも、世の中には時事問題をあつかったブログを書いてる人やSNSでブツクサ言ってる人たくさんいます。

安倍元首相の暗殺、物価高、ウクライナ、ワクチン、マスク、コロナのことを、あたかも大きな使命感を感じて必死で書いているように見えます。

でも、その人に会ったことはありますか?

恐らく、それらの大半の人にとって大事なのは日々の出来事や会社での仕事であったり家族であったりすると思うのです。

安倍元首相の暗殺、物価高、ウクライナ、ワクチン、マスク、コロナのことなど二の次、三の次だと思うのです。

 

その辺のところを誤解すると、なんとなく世の中見誤る気もしてます。

もちろん、これらで直接的被害にあって、物理的環境や心理的環境に致命的ダメージを負っている人は大きな使命感を感じて必死で書いている人もいるでしょう。

 

でも、そうでない人が大半だってことは知っておいたほうが良いですね。(もちろん今のところは。ですけどね。)

活字はその辺のところを隠してしまいます。

 

その人がどういう人なのか見えないと、活字だけだと、ただ怖い人に見えるんですよ。

活字が無い時代でも、手紙で相手にものすごい恐怖を与えることができたわけです。

文字にすることの怖さ、これはよく考えた方がいいですよ。

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